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特集江戸時代の子育て事情
親が子を抱えこまない子育て
親が子を抱えこまない子育て
西郷隆盛や楠木正成の銅像の製作者である彫刻家高村光雲は嘉永5年(1852年)に江戸下谷の長屋に生まれ、自叙伝「12歳になると、奉公にでるのが普通」だった。と書いています。 「13、14歳になると、ちとトウが立ち過ぎて使う方でも使いにくくて困る」14歳になってぶらぶら子どもを遊ばしておく家があると「あれでは貧乏するのも当たり前だ。親達の心得が悪い。」と世間の口がうるさかったものだから「11、12歳は奉仕の適齢期であって、それから10年の年季奉公。それが明けると一年の礼奉公それを努め上げないとろくでもない者と町内でも排斥された ものでした。」
光雲が奉公に出る時に父親が「今までは親の側にいて我慢が出来ても、明日からは他人の中に出ては、そんなことは出来ぬ。それから師匠様始め目上の人に対し、少しでも無礼のないように心がけ、何事があっても皆自分が悪いと思え、申し訳や口答えをしてはならぬ。一度師の許へ行ったら、二度と帰ることは出来ぬ。もし帰れば足の骨をぶち折るから左様に思っておれ。」と言っていいます。
庶民のための育児書「撫育草」(1803年)の「丁稚教訓」でも同じことを言っています。
要するに子どもをいつまでも親の懐に抱え込むのではなく、一定の年齢になれば師に託し、あるいは他家に奉公に出すことで子どもを自立させてゆく。親が選んだ師匠に託すのだから師を信頼し、きっぱりと全面的に託します。師は自ずから姿勢を正し手習いを教え、職業を教え子どもの成長を全面的に引き受けます。
これは地域社会の親たちのたちの連携によるすばらしい子育てではないでしょうか。
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